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第30回 “七転八倒or起”
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お正月といえど、特に観たい映画もないので、BGM代わりにTVを点けていたらば、『史上空前!!笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ09』をやっていた。フィーリングカップル形式で誕生した、一夜限りの組み合わせの妙を楽しむ年始恒例の番組であるが、今年は、松本人志&内村光良のビッグカップルが実現。けったいな刑事を次々と演じ分け、『太陽にほえろ!』ばりの殉職シーンをブラックな笑いに転化させるベテランふたりの、“まだまだ若い者には負けられん!”という気迫に唸ったが、なかでも、“七転び八起き刑事”の、10メートルもなさそうな短距離の間に、ひたすら転んでは立ち上がる動作を反復する内村の肉体のいじめ方に、感動すら覚えてしまった。
浮草稼業ゆえに、今の自分が浮いているのか沈んでいるのかさえ判別し難いことも多々あるが、とにかく正しく呼吸し続けてさえいれば何とかなるさ……と、妙に元気づけられたのである。
『ホルテンさんのはじめての冒険』の主人公・ホルテンさんは、ノルウェー鉄道勤務の運転士。日々繰り返される規則正しい業務を地道にこなし、石橋を叩きすぎて壊してしまいそうな慎重派であるが、勤続40年を迎え、定年を翌日に控えたある日、揺らぐはずのない彼の日常は、転がりつつ、新鮮な驚きに満ちたものへと急変する。退職当日に運転するはずだった列車に乗り遅れたのを皮切りに、長年愛用してきたお気に入りのパイプを紛失するわ、プールで脱いだ靴が見当たらずに真っ赤なハイヒールをはく羽目になるわのトラブル続き。しかし、コツコツ歩んできたホルテンさんの一夜のつまずきが、それまでの彼の平穏だが単調な人生に別れを告げ、忘れかけの冒険心をかき立て、まだ遅すぎることはない“第二の人生”へと飛翔するべく、彼の背中を優しく後押しするのである。
『タイタニック』(97)で悲恋を演じたレオナルド・ディカプリオ&ケイト・ウィンスレットが、久々に再共演した『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』は、別れる運命のふたりが家庭を築いたとて、うまくいくはずがないと実証する、過酷で意味深な逆メロドラマである。夢や野心に満ちた男女であれ、子どもができると親としての責任が生まれ、もはや勝負に出られないプレッシャーが彼らを襲う。『アメリカン・ビューティー』(99)では、現代社会における郊外での暮らしを赤裸々に描写したサム・メンデス監督だが、今回は50年代半ばのアメリカを題材に、閑静な住宅街の片隅で窒息しそうになりながらも、自分らしく生きようともがく若いカップルの、舞台劇さながらの生々しい息づかいを、ありのまま掬い上げていく。監督の実の妻でもあるケイトが力演するヒロインの最後の賭けが、“倒”であるか“起”であるかは、観る者の判断に委ねられている。
見事に08年度のキネマ旬報ベスト8に選ばれた、感涙必至の傑作『エグザイル/絆』であるが、ともに育ち、絶ち難い絆で結ばれた5人の男たちの熱い友情を恨めしそうに見つめる、人妻の不憫さも印象に残る。妻子のために金を遺すべく、危険な仕事に挑む亭主と、そんな彼を命懸けでサポートする4人は、撃たれても這い上がり、映画史に残るであろう、激烈かつエレガントな銃撃戦を繰り広げるが、その根底には、命を落としてでも大切なものを守り抜かんとする、男特有の“滅びの美学”がある。しかし、乳飲み子を抱えた妻は生き続けなければならず、夫の親友に対しても、ヒステリックに銃をぶっ放すことしかできない。男たちのまぶしすぎる友情の陰で、輪の中に入れぬ女の哀しみが、チクリと痛む。
一度きりの結婚を“人生最大の失敗”と位置づけ、快楽主義まっしぐらの老教授と、お堅い衣服に身をやつし、天性の美貌を持て余し気味の女学生との、短くも激しく、美しい愛のかたちを永遠にフィルムに刻みつけた『エレジー』。性欲未だ衰えず、彼女を独占したい欲求に駆られた助兵衛な教授主導で進む前半に対し、心のすれ違いから破局に到った後、重大な悩みを抱えて教授に突然電話をかけてくる彼女が牽引する後半では、別離の2年の間に予期せぬ不幸に見舞われたふたりは、より深い愛で結ばれる。失われる運命にある輝かしいボディを、カメラの前で堂々と披露するペネロペ・クルスは、彼女がゴヤのモデルと思しき人物に扮した『裸のマハ』(99)を彷彿とさせる。大切な親友を亡くし、余命に目を向けざるを得なくなった男と、理不尽な運命を受け入れ、きりりと前を見据える女。30歳の年齢差を超えて、むき出しの愛に身を捧げた名優・ベン・キングズレーとペネロペ嬢には、ベスト・カップル賞を贈りたい。
(映画ライター 服部香穂里)