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第55回 “死語の世界”
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かつて、“死語”なんてやるせない言葉を創造した人は、言葉自体がないがしろにされつつある今のような時代の到来を、想像していただろうか。人が用いることによって初めて存在意義を発揮できる言葉のうち、殺されたり、自らフェイドアウトしたり、死んだことすら顧みられなくなった言葉たちに想いを馳せるにつけ、急激に進化を遂げた社会の片隅で、失われていった大切な何かが、浮き上がってくる。
床下に住まわせてもらっている屋敷から、必要なものを少しづつ、バレない程度に借りて生活している小人の少女と、その家に病気療養に訪れた人間の少年との束の間の交流を描いた、スタジオジブリ最新作の『借りぐらしのアリエッティ』。死を常に意識しながら、滅びゆく種族としての小人と自分の運命とを重ね合わせる少年に対し、活発な少女をはじめとする小人一家は、小さな身体全体から生命力を漲らせながら、借りて来たものひとつひとつを工夫して丁重に扱い、日々を幸福に過ごしている。そんな彼女たちの、つつましくも充実した暮らしぶりは、肥大し続ける所有欲にかられる人間に静かな警鐘を鳴らし、あるものを育む自然、それを丹誠込めて作り出した人たちへの畏敬の念を思い起こさせ、しょせんは生まれてから死んでいくまでの“かりそめの”人生を、有意義に過ごす秘訣を伝授してくれる。
『ヨコヅナ・マドンナ』(06)では、シビアな現実にもまれつつ、性のグレーゾーンでたゆたう主人公を温かく見つめたイ・ヘジュン監督が、死に損なって無人島に流れ着いた男と、望遠鏡越しに覗く彼から目が離せなくなってしまった引きこもり女との、一見不健全、しかし、当人同士には真剣そのものの“純愛”が始まるまでを丹念に追う『彼とわたしの漂流日記』。コミュニケーション・ツールが異様に発達しているがゆえに、その反面、人間関係が希薄になってしまいがちな現代社会にあって、それぞれに孤立した男女が、砂に書いた文字、ビンに入れた舌っ足らずなメモを交わしつつ、あまりにもじれったいが精一杯に想いを伝え合う。“難病”など、純愛を手っ取り早く成立させるのに都合のいいカードは切らず、一度は人生に背を向けたふたりが、かすかな希望を頼りに自らの殻を打ち破っていく様を、腰を据えてじっくり見守り続ける監督の粘り強い演出眼も、実に頼もしい。
16歳の妊婦の胸の内を、独特のユーモアと卓抜した洞察力で生き生きと綴った『JUNO/ジュノ』(07)で、アカデミー賞脚本賞など数々の賞に輝いたディアブロ・コディ。女の子同士の“不滅の”友情が魅力のひとつでもあった、この鮮烈なデビュー作の次に彼女が脚本を手掛けたのが、難しい年頃の女の子の心の奥底に眠る虚栄心や悪意など移ろいやすい感情を、ホラーというジャンル映画の中でユニークに暴発させた『ジェニファーズ・ボディ』。ある悲(喜)劇を機に、男を餌食に美しく変貌し続けるジェニファーと、幼い頃から彼女の陰に隠れ、複雑な想いを抱えてきたメガネっ娘との友情の崩壊、その後のガチンコ対決と、それでも消せない絆が、懐かしのホラー作品の数々にオマージュを捧げながら、大量の血が乱れ散る恐怖と爆笑の渦の中で、ダイナミックに描かれる。
たった今もどこかで紛争が起きている世界情勢にあって、“ラヴ&ピース”なんざ誰も信じちゃいないが、事実は小説より奇なりを地で行く仰天の実話を、ほぼ忠実に映画化したとされる『ヤギと男と男と壁と』は、傍からはアホらしく映ることでも、ひたむきに信じ続ければ、世の中少しはマシになるかもしれない・・・・・・と、明らかに間違っているポジティヴな思考を強引に導き出す、相当ヤバいが妙にいとおしい作品だ。闘わずして平和を取り戻すべく、透視や予知、壁を通り抜ける力などを本気で鍛え上げる、実在した極秘超能力部隊の奇天烈な構成員を、ジョージ・クルーニー、ジェフ・ブリッジスら超メジャー級の実力派が、いつにも増して生真面目に演じることで、そこはかとないおかしみと、夢破れても要領よく生き方を変えられないダメ男たちの切なさが、うさん臭さ満点の設定をするりと抜け、意外なほど純粋に迫ってくる。
『隠し剣 鬼の爪』(04)、『武士の一分』(06)と、これまで山田洋次監督の手で映画化されてきた、藤沢周平原作の『隠し剣』シリーズであるが、そこに新たに加わった『必死剣 鳥刺し』のメガホンをとったのは平山秀幸監督。『ザ・中学教師』(92)、『ターン』(00)など、うごめく心情を、一見ストイックな映像表現に木目細かく織り上げた作品群で知られる平山監督ゆえ、ハートウォーミングな余韻を残す山田作品とは一線を画し、ひんやりした肌触りのすぐ下で熱い血潮が煮えたぎるような力作となった。妻を亡くし失うものなど何もない剣の達人の、死を覚悟の上での決断が、徐々に波紋を広げ、渾身の必殺技・鳥刺しが繰り出される壮絶なクライマックスへとなだれ込む。死と引き換えにしてでも譲れぬもののため、人並みの感情を押し殺し、目の前に立ちはだかる者と斬り結ばねばならぬ武士の悲痛な宿命が、原作にはない“雨降らし”によって濃厚に際立ち、平山監督と主演の豊川悦司の尋常ならざる意気込みが実を結んだ圧巻の殺陣を、一層忘れ得ぬものにしている。
(映画ライター 服部香穂里)