11月16日(土)、1月17日(日)の14:30の回の上映前に緊急来日された
プロデューサーの小森佳子さんが松下監督のメッセージを読み上げられました。監督はとても来たがっていたのですがお仕事の都合で残念がっておられました。現在、1月31日にお越しいただけるか調整中です。決まり次第お知らせ致します。以下、監督のメッセージです。
私は,1979年に渡米以来、NewYorkのマンハッタンで暮らしてきました。住んでいる部屋の窓からはイーストビイレッジの公園が一望でき、ここにも美しい季節の移り変わりがあります。
また、この付近では、頻繁に映画の撮影が行われていて,私のアパート全体がロケーション場所となってしまっている事も有りました。そして、それを観る度事に私も何時かここで映画を撮りたいなあ、、と考えて来ました。
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2001年9月11日私にとっても、また世界にとっても思わぬ衝撃に遭遇したのです。あの天に向かってそそり立っていたワールドトレイドセンターの崩壊をこの目でしかと見たのです。永遠にそびえていると思っていた魔天楼が今ガラガラと崩れているでは、、、。
その光景は、まさか!、、、と叫びたいほど信じがたい、まるで悪夢を見ているようでした。その時から、私の心の中にも何かが急激に変わり始めました。、、、自分はこのままの人生でいいのか,果たして満足して死ねるのか?
出来るならもう一度、京都の撮影所で映画を志したあの若き日の原点に戻りたい、、、と。
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疲れた気持ちを癒したいと訪れた南米ボリヴィア。
そして、以前から見たかったウユニ塩湖まで行ったのですが、そこで私は大変驚きました。
一面まっ白な世界、遥か地平線の彼方まで何も無い、ただ強い風が吹いているだけの広大な塩の大地。
何か不思議な地球の神秘をのぞき見たような気持ちになりました。
真上の太陽に顔をむけ、目をつむり頭をグルグル廻すと風が実に気持ち良く。何度も何度も廻わしつずけました、廻す毎に今までの都会生活で沈殿した何かがどんどん溶けてゆくようでつま先から頭の中まで真っ白になっていく様に感じました。
そして,ストーンと止まった時、、、ふと、おもったのです。“ようし!ここで映画撮るんだ!と。あの”裸の島“のようなシンプルな映画を、、、。
思っていたよりも長く6年の歳月を経て、今日この7芸で皆様に見ていただける機会に恵まれました。
、、、まさに、ピカピカの小学1年生です。
関西で生まれ育ち、そして学び働いていた私にとって、懐かしい故郷に帰って来たようなワクワクした気持ちです。
出演者は全て現地の普通の人達。言語は、アンデス先住民のケチュア、とアイマラ語です。スタッフは全てボリヴィアの人達です。
今思うと、きっと言葉も喋れない変な日本人が1人でよくやって来たものだと思い協力してくれたに違いありません。
ストーリーも全然派手では有りませんが,末永く国境を越えて多くの人達に愛される映画であって欲しいと願っております。
今日は標高3700MMに位置するウユニ塩湖の天空に舞う“アンデスの風”を皆様が少しでも感じてくださればこの上なく嬉しい限りです。
松下俊文。