三里塚に生きる
雨ニモ負ケズ、国ニモ負ケズ、土ト生キル
★台湾国際ドキュメンタリー映画祭2014 正式招待作品

2014年/日本/140分/スコブル工房 配給

大津幸四郎
代島治彦
吉行和子、井浦新(朗読)
大友良英
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成田国際空港は東京の60キロ東方にある。1966年、農村地帯である成田市三里塚に、日本政府は事前交渉もなく、一方的に空港建設を決定。地元農民を中心にすぐに反対運動が組織され、学生や青年労働者が支援に加わる。当時のベトナム反戦運動などの時代を背景に、三里塚は激しい抵抗運動(レジスタンス)の舞台となった。しかし、国と闘った人びとが支払うことになる犠牲は、あまりにも大きかった。


この闘いの最初の者は糞まみれとなり、最後の者は……。

・小川紳介の三里塚シリーズ第一作『日本解放戦線・三里塚の夏』(1968年)を撮影した大津幸四郎(80歳)が、再び現地の人びとにキャメラをむけた“ニッポンの最後の百姓一揆・完結編”が完成した。
・「この一族の最初の者は樹につながれ、最後の者は蟻のむさぼるところとなる。」ガルシア・マルケス(コロンビアの作家/1928〜2014)の小説『百年の孤独』の一族がたどらなければならなかった数奇な運命は、ついにその結末で明かされる。
・国家権力と命をかけて闘った人びとの運命は、『百年の孤独』の一族と同じように、いくつかの時代を嘆き悲しみながら流転した。「この闘いの最初の者は糞まみれとなり、最後の者は……」。伝説となった空港反対闘争の最後の者たちの運命は、この映画で明らかになる。


空港をこの地にもってきたものをにくむ。
反対同盟、婦人行動隊、少年行動隊、そして我らが青年行動隊、
がんばってください。私は、もうこれ以上闘っていく気力を失いました(…中略…)
おれだけ、ずるやってもうしわけない。
三里塚空港粉砕!
最後まで、三里塚に生きつづけてください。
みんな元気で。
───1971年10月1日、自死した青年行動隊リーダー、三ノ宮文男の遺書

〈大津幸四郎さん追悼上映〉
まなざしの旅
土本典昭と大津幸四郎


1月24日 舞台挨拶 レポートUP!→こちら

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